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トロント通信54号

Toronto News Letter


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Vol.54 10th Oct.2003 刺激剤となった1冊。

今週は久しぶりにちゃんとアップしたでしょ?
今日は暑く、23度の最高気温。でも来週からまた10度以下に下がるようです。

昨日の夜、デイブが久しぶりに夕食を作ってくれる。といっても私も手伝ったのだが・・・。しかし、やつのつくったサーモンの骨が喉につっかかり、運の無さにくやしくなる。なんかいまだに喉にあるような、ないような、もうわけわかんないのです。
痛くないけど、しばらくしてもまだ何か喉に異変を感じるようなら医者に診てもらわないといけないってことだけどさあ、私、医療保険もない身なのよ。だからふつうに診察してもらうとやっぱり高いわけで。まあ、すんごく高いってわけではないけど、でもやっぱりなるべく医者のところには行きたくないのです。
なのに!なのに骨ごときで、と思うと、なんか無性に腹が立ってくるね。


それはいいとして。今日は読書日記を。

この間JapanFoundationで借りた俵万智さんのエッセイ『りんごの涙』を読みました。

万智さんはあの『サラダ記念日』で有名になってからも、教職として高校に勤務していたんだそうで。このエッセイは教師と歌人との両立に悩み、やっぱりもっと書いていきたい、という気持ちから退職するまでのことが書かれていたりして、興味深く読みました。

というのは、退職までの日々が日記のように書かれていたんだけど、それを読んでいて、ふと、「自分が教えてもらっていた先生たちにもそういう自分の知らない、先生、ではない日常があるんだな」ってことに気がついたからなのね。

「そんなの当たり前じゃん」っていわれればそうなんだけど、今まで自分はそういう事考えた事なかったの。
私は学生時代はなにかと先生には恵まれていたというか、先生と話をしたりするのが好きだったので、よく職員室にも出入りしてたんだよね。

普通は「職員室なんて、呼び出されていくとこで嫌い」とかいう人が多いみたいだけど、私は職員室でくつろぐ、教室の中とはちょっと違った先生たちの姿が見えたりして、面白がってたの。

でもやっぱり、「先生」は「先生」であって、学校以外の場所での先生を想像したりした事がなかった。先生も恋をしたり、家庭の事で悩んだりとかしてるのかなあ、とかそんな事思った事もなかった。だからこのエッセイを読んで、なんだかすごく新鮮というか、ちょっとしたショックではあったのね。

例えば、大学で知り合った子は先生になったって言うけど、私の知ってるのは大学時代の姿であって、その人が教壇に立っている姿は、ちょっと想像しにくい。

やっぱり「先生」って特別だ、って思ってたんだろうね。今はあんまり先生の威力ってなくなっちゃったのかもしれないけど(中学とか、先生のいう事聞かない生徒が多いっていうし)、私のころはやっぱりまだまだ先生には逆らえない、って感じだったもんなあ。

でも職員室でのちょっと違う一面を見て、それで「あ、先生にもこういう面があったのね」で満足しただけで終わっちゃったのかな?と、今となっては思うのだけど。

なんか今更ながら、あの先生はどんな思いであのころを過ごしていたのかなあ、とか、気になったりして。

人間はひとりひとり、違う道を歩いてる。当たり前だけど、自分に関わった人がどんな道を歩いてるんだろう、歩いてきたんだろう、って知りたくなった、私にとってはそんな刺激剤のような一冊になりました。

もちろん、万智さんはエッセーだけでなく、本業の短歌もすきです。

って事で今週はこのくらいで。明日はカフェー・・・。(3連休のはずなのに・・・)





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